【事案の概要】
本件マンションは、昭和51年4月に新築され、被告は、平成6年10月に本件マンションの居室のうちの1室を買い受けて区分所有者となった。
本件マンションが築30年を経過した頃から、共用部分である排水管の老朽化により漏水事故が多発するようになり、管理組合(原告)は、大規模修繕工事の一環として排水管交換工事及びアスベスト除去工事を行う計画を立て、各区分所有者に工事の趣旨を説明し、事前に専有部分への立入及び工事実施の承諾を得るように努め、被告以外の区分所有者からは全て承諾を得て、被告に対しても再三にわたり説明をしたが、被告は承諾しなかった。
本件マンションの管理規約には、「管理組合が、管理を行うために必要な範囲内において、専有部分への立入りを正当な理由を付して請求することができ、立入りを請求された者は正当な理由がなければこれを拒否してはならない」旨が定められている。また、「区分所有者が本件管理規約に違反したときは、原告は、行為の差止め等の必要な措置の請求に関し、訴訟を提起することができ、その場合、弁護士費用等を相手方に対して請求することができる」旨が定められている。
原告は、平成25年8月、総会において被告に対する専有部分使用請求に関する訴訟提起の決議をした。
これに対して、被告は、本件各工事は、共用部分の工事のためとはいえ、天井の一部を取り壊し、撤去することを内容としており、専有部分の所有権を侵害するものであるとして、工事を承諾しないこと及び室内への立入り等を拒否することには「正当な理由がある」として争った。
【裁判所の判断】
裁判所は、本件マンションの排水管腐食調査の結果から、早急な修繕の必要性が認められること、本件工事では作業効率が考慮され、被告の居室内では概ね4日間の工程が予定されていること、排水管修繕工事を実施するためにはアスベスト除去工事を優先して実施する必要があること等の前提事実を認定した上で、本件各工事は共用部分の保守、修繕のために必要な工事であると認め、他方で、本件工事が共用部分の修繕のために必要な工事であり、かつ復旧工事により原状回復が予定されていることから、被告の負担又は不利益は、受忍限度の範囲内に止まるとして、被告の立入り等の拒否に正当な理由があるとは認め難いとして、原告の請求を全面的に認めた。
【コメント】
本判決の前提事実からすれば、その結論は妥当なものとして多くの方も賛同されるものと思われますが、ここでは、区分所有者等が、法令や管理規約等に違反したり、敷地や共用部分等において不法行為を行ったりした場合の措置について言及したいと思います。
①標準管理規約(単棟型)67条3項には、このような場合の理事長の措置について、理事会の決議を経て、その行為の差止め、排除又は原状回復のための必要な措置を請求し、管理組合を代表して、訴訟その他法的措置を取ることができる旨の規定があります。他方で、②同じく標準管理規約(単棟型)66条には区分所有法57条以下を引用する形で義務違反者に対する措置が規定されています。
①標準管理規約(単棟型)67条3項と②区分所有法57条の両者の差異は、⑴①の方が訴訟の対象となる者として、区分所有者、占有者に加えてそれらの同居人まで明示されていること(さらに規約67条1項で、勧告等について同居人も対象とされ、いわゆる占有補助者の違反行為を抑制する効果が期待されること)、⑵①の方が差止め等の対象となる行為の範囲が広いこと(共同利益違背行為を具体的に明文化した絶対的禁止事項に加え、共同利益違背行為とまでは言えないが、管理規約等で特に禁止した相対的禁止事項まで含まれること)、⑶②は総会決議が必要とされるのに対して、①は理事会の決議だけで行うことができることという3点にあるとされています。
以上から、①の方が迅速な対応が期待できるというメリットがあります。他方で、区分所有者の権利保護や訴訟提起の公平性の観点から、訴訟の提起にあたってはできる限り総会の決議を経ておくことが望ましいとの指摘もあります。筆者の個人的な見解としましては、違反行為の内容・程度や他の区分所有者が被る不利益の内容・程度からして、総会を開催するだけの時間的な余裕を持てない場合には、理事会の決議のみで速やかに訴訟を提起することもやむを得ないケースは少なからずあるよ
うに思われます。ただし、そのためには管理規約や使用細則等に具体的かつ明確に禁止行為の内容を定めておくことが必要となることをご留意ください。管理規約等に禁止行為の内容が具体的に定められていなければ、②によらざるを得ないことになります。
大規模修繕工事新聞 No.169号(24-1)
妻陽一(あづま・よういち)弁護士
2009年(平成21年)弁護士登録。親和法律事務所所属。第一東京弁護士会常議員、日本弁護士連合会代議員など歴任。共著に㈱日本法令発行『標準実用契約書式全書』3訂版、4訂版(寺本吉男・三浦繁樹編)など。
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