【事案の概要】
原告:理事長X
被告:区分所有者Y(口頭弁論終結時90歳)
被告Yは平成16年以降、特別養護老人ホームに入所。平成28年5月以降は会話もできず、事理を判断する能力を欠いた状態にあった。
平成25年1月分から管理費等を滞納がはじまる。このため平成27年12月、当時の理事長Aが滞納金請求の訴えを提起。この訴訟はYの特別代理人Bが追行し、翌年11月にAの請求が認容され確定したが、強制執行は滞納金回収の解決に至らなかった。
平成30年3月、管理組合は臨時総会で区分所有法59条に基づく競売請求の申し立てを決議。Yには「競売請求を決議すること、弁明書の提出または総会での弁明を求めること」を記した通知書をYの住所地に配達した。
理事長Xは、この臨時総会決議に基づき提訴したが、弁明の機会を付与した際にYに判断能力がなかったと思われることから、Yの特別代理人Cに弁明の機会を付与(同年10月に通知書を送付)した。
その上で訴訟を継続する臨時総会を同年11月に開き、訴訟の継続が決議された。
【原告の主張】
・ 弁明の機会とは、外形的事実があれば足り、意思能力の有無は問題とならない。
・ 意思能力が必要としても、特別代理人に付与した上で、改めて臨時総会で訴訟の継続が決議されている。
【被告の主張】
・ 意思能力を欠く常況にあるYへの通知では弁明の機会を付与されたとはいえない。
・特別代理人には弁明の機会の付与を受ける権限はない。
【裁判所の判断】
・ 弁明の機会の付与は、形式的にYの住所に通知が届けられただけでは足りず、その内容を了解することができる能力を有していることが必要と解される。
・ 一方、競売請求が財産法上の請求であることからすると、弁明の機会の付与を受けることは、民事訴訟法上の特別代理人の権限の範囲内に属する事項と解する。
・ したがって、Yに対する弁明の機会を付与することなくされた、平成30年3月の決議の瑕疵(かし)は、同年10月付け通知書を前提とした同年11月の臨時総会決議で治癒(ちゆ)されたと解することが相当である。
【コメント】
訴訟の被告となる人物が、認知症などで事理弁識能力を欠いているような場合、本来であれば、その者に後見人を付けさせて、当該後見人を相手に訴訟を提起することが考えられます。
しかし、後見人を選任するためには時間や手間がかかりますし、後見人選任の申し立てができる者も一定の親族等に限定されており、債権者が後見人の選任の申立てをすることはできません。
そこで、このような場合に、訴訟手続きの中で、被告の法定代理人として訴訟を追行する「特別代理人」を選任してもらう制度があります(民事訴訟法35条)。
本件においても、原告は、被告の特別代理人の選任を申し立て、これが認められています。
そして、本件では、区分所有法59条2項の準用する同法58条3項の弁明の機会の付与があったのかどうかが問題となりました。
この点について、裁判所は、事理弁識能力を欠く状況にある被告に通知をしても弁明の機会を付与したことにはならないが、訴え提起後に特別代理人に弁明の機会を与えて、集会においてこの訴えを継続する旨の決議をすれば、被告に弁明の機会を与えなかったという集会決議
の瑕疵は治癒されると判断しました。
◇
とはいえ、訴訟手続きの中で選任した「特別代理人」への弁明の機会で足りるとする判断は、本件では妥当としても一般化するのは難しく、成年後見人や不在者財産管理人の選任も考えられたとする見解があります。
高齢化が進む中、認知症による滞納問題等は、多くのマンションで今後の課題といえるでしょう。
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大規模修繕工事新聞 163号