2021年も各地で大雨・台風による被害が発生しています。気象庁では「都市部周辺地域は開発が進んで保水(遊水)機能が低下していることもあり、水害被害の割合が増えている」としています。
マンションでは2019年10月の台風19号の影響で、神奈川県川崎市のタワーマンション(地上47階・地下3階)で浸水被害があり、高圧受変電施設(キュービクル)などの設備が故障。停電によってエレベーターや給水設備が長時間使用できなくなりました。
こうした建築物の浸水被害の発生を踏まえ、国土交通省と経済産業省は2020年6月、「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」をまとめました。
浸水リスクを低減するための具体的な取り組み(抜粋)
■浸水リスクの低い場所への電気設備の設置
・ 設定浸水深に照らし、十分な高さのある位置に設置すれば、洪水等の発生時における対応の状況等に左右されず、比較的確実性の高い効果が期待できる。
・ 建築物の利用に係る計画に大きな影響を与えるため、敷地条件や建築計画上の制約との慎重な調整が必要となる。特に空間構成上の制約が大きい既存建築物については、実施が困難な面がある。
被害事例
雨水貯留槽が満水となり電気設備に浸水被害が発生
地上47階、地下3階、約640戸のマンション。大雨の影響で建物地下の電気室が浸水し、全棟停電する被害が発生した。被災当日、下水道の逆流により周辺地域で内水氾濫が発生したが、住民による土嚢の設置などにより、1階出入口や駐車場入口からの浸水を防止できた。
しかし、雨水は雨水枡を経由して地下4階相当部にある貯水槽へ流入。地表が冠水しているためポンプの排水量を上回る雨水が流入し、貯水槽は満水になった。その後も流入が止まらず、地下3階床面にある貯水槽の蓋から水があふれて水位が上昇し、地下3階の電気・機械設備が冠水。これに伴って停電が発生した。
以上の被害を踏まえて、管理組合では、再発防止策検討方針の1つとして「今回のような地表冠水時の貯水槽への無制限の流入を防止することを第一優先とし、短期対策として実施する」ことを挙げており、管理会社、事業主、設計施工会社の協力を得ながら、流入管への止水バルブの設置を進めている。
■対象建築物内への浸水を防止する対策(水防ラインの設定等)
○止水板の設置
・ 出入口等の周囲で浸水を有効に防止できる場所に、設定浸水深以上の高さの止水板を設置する。
・ 脱着式の止水板を設置する場合は、洪水等の発生時における対応が必要となるため、設置方法のほか、設置に必要な機材・人員・タイムライン等を関係者間で事前に確認するとともに、定期的に設置訓練を実施することが必要となる。また、平時における止水板の保管スペースの確保が必要となる。
○防水扉の設置
・ 敷地条件や建築計画上の制約との調整が比較的容易で、浸水リスクの低い場所への電気設備の設置が困難なケースも含め、活用可能な手法である。
・ 作動方法を事前に確認するとともに、日常的にメンテナンスを実施することが必要となる。
○土嚢の設置
・ 事前準備を含む設置方法のほか、設置に必要な道具・人員・タイムライン等を関係者間で事前に確認するとともに、定期的に設置訓練を実施することが必要となる。
事例マンション
水防ラインの設定
地上4階、地下1階、約20戸のマンション。敷地は自治体の水害ハザードマップで浸水が想定されておらず、過去に浸水した履歴もないが、道路最下点(敷地に接する道路で最も低いレベル)から300mmを設定浸水深として計画している。出入口における床面の嵩上げと止水板の設置により水防ラインを形成し、設定浸水深ではライン内への水の浸入を防止する計画になっている。駐車場やごみ置場、植栽など一部の共用施設を除く建物の大部分がこの水防ラインの内側に配置されている。
■換気口等の開口部の浸水対策
○換気口等の開口部の高い位置への設置
・ 設定浸水深に照らし、十分な高さのある位置に設置されれば、洪水等の発生時における対応の状況等に左右されず、比較的確実性の高い効果が期待できる。
・ 建築物の利用に係る計画に大きな影響を与えるため、敷地条件や建築計画上の制約との慎重な調整が必要となる。特に空間構成上の制約が大きい既存建築物については、活用が困難な面がある。
○止水板、土嚢の設置
・ 設定浸水深、土地の形状等を踏まえ、換気口等の開口部の周囲で浸水を有効に防止できる場所に、設定浸水深以上の高さの止水板または土嚢を設置する。
■排水・貯留設備における逆流・溢水対策
○排水設備を通じた下水道からの逆流防止措置
・ 異物の詰まりがないか等、排水設備の平時のメンテナンスが重要である。
・ 逆流防止措置として逆止弁を設置する場合には、異物が詰まり逆流を防止できなくなるおそれがあることに留意する。
解 説
排水設備を通じた下水道からの逆流防止対策
地下に設置された雨水貯留槽からポンプによって公共下水道に排水する際、下水道本管より高い地表付近に立上げてから排水することで、下水道からの逆流を防止することができる。
ただし、洪水等の発生時には、停電等によりポンプが停止した際に、下水道から排水設備を通じて、建築物の貯留槽への逆流が発生する可能性がある。
これに対して、排水設備の内部に逆止弁や止水弁などのバルブを設置することにより、逆流を防止することができるが、異物が詰まり逆流を防止できなくなるおそれがあるため、排水設備の平時のメンテナンスが重要である。
また、逆止弁等のバルブが有効に作用しない場合の排水設備を通じた下水道からの逆流防止対策として、配管を想定浸水深以上の高さまで立ち上げた上、サイフォン現象による下水道管からの逆流の防止措置をとることが考えられる。
解 説
各居室における生活排水の排出抑制措置
停電でポンプが作動せず雑排水槽・汚水槽からの排水ができなくなった場合や、多量の降雨により合流式下水道の容量が逼迫した場合などは、各居室において通常どおり生活排水の排出を継続すると、雑排水槽や低層階のトイレ等の排水設備からの溢水のおそれがある。
このような場合は、各居室における生活排水の排出を抑制するよう注意喚起を行い、その徹底を図る必要がある。具体的には台所・風呂・洗面・トイレの使用停止、排水が不要な携帯トイレの利用や、避難所などに設置される上下水道の利用等がある。
マンションで浸水被害が多くみられるのは、1階や地下にある給水設備の揚水ポンプや排水ポンプ、またはピット式機械式駐車場やその排水設備です。洪水等により建物に浸水被害が発生し、停電が長時間継続した場合、機能継続の確保が困難となります。
停電で電力のライフラインが途絶えると、供給系統の断水、トイレ等の排水制限、エレベーターの停止、そ他住戸内設備のさまざまな設備が使用不能となるのです。
すでに住んでいるマンションでハード面の水害対策(出入口等の床面の嵩上げや敷地全体の盛土等)は、大規模修繕工事時に計画に組み込むなど、容易にできるものではありません。
浸水被害のあった神奈川県川崎市のタワーマンションでは、原因調査・再発防止策検討状況の報告書をまとめ、住民有志の災害対策チームを設置しました。ハード面の対策が難しいことから、ソフト面での水害対策からすすめていくことが望ましいといえるでしょう。
(大規模修繕工事新聞 第141号)