一般社団法人全国建物調査診断センターが2カ月ごとに主催している恒例管理組合オンラインセミナーの一部を紙上採録します。今回は8月28日にYou Tubeで公開した第59回セミナー「大規模修繕工事費の高騰についてその現状と解説」の様子を取り上げます。
なお、これまでのセミナーはYou Tubeにより動画配信を行っています。全建情報図書館でもセミナーの内容等を収録した書籍を発行しています。全建センターのホームページから検索してください。
①価格転嫁
まず、ロシアによるウクライナ侵攻に起因する石油等の世界的エネルギー不足から生じるそのコストの上昇が原因のひとつとして考えられます。
石油等のエネルギー価格の上昇については、建設資材の製造や加工コスト、輸送コストを押し上げているところとなっています。
防水材料であれば、シートや塗料も化学製品であるので、加工・製造が必要です。工場を稼働させる必要があり、工場を稼働させるにしても費用がかかることから、材料の原資そのものが値上がっていると同時に加工する費用も上がり、さらには輸送するコストも上がっているので、当然のことながらコストが押し上げられているのです。
帝国データバンクが発表した企業の価格転嫁の動向アンケート(2022年6月)によると、「建材・家具、窯業・土石製品卸売」は転嫁率が64.5%であり、エネルギー不足から来る各種コストの上昇を販売価格に転嫁させている割合が高い業種の筆頭に上げられています。
従って、建設資材については価格転嫁が進んでいることから、工事費が上昇しているひとつの原因となるわけです。
②為替レートの円安基調
2点目は、超低金利を原因とした為替レートの円安基調です。
石油等のエネルギーや建築資材等の輸入品のコスト押し上げる要因となっています。
みずほリサーチ&テクノロジーズが作成したデータから引用しますと、「石油・石炭製品」における輸入コストが非常に嵩んでいるということがわかります。すなわち為替レートにおける円安基調がさらに原価の上昇を促している状況であるということです。
もともと建設資材等が高い、価格転嫁が進んで高い、さらにそれらを輸入するときにも為替レートによって高くなっていると、このように2重、3重に値上がりする要素が発生しているのです。
③建設作業従事者の労務不足
3点目の労務不足について、もともと建設作業従事者の高齢化は進行していました。また、若年層についての新規入職者は増えずに慢性的な労務不足になっています。
現実として管理組合のみなさんにしっかりご理解いただきたいのですが、特に大規模修繕工事の市場について、どの人が労務を支えていたかというと、市場をわずかに補っていたのが外国人技能実習生です。その実習生が現場の最前線を支えていたというのが実状であります。
この状況が3年前からの新型コロナのまん延により一変しました。外国人技能実習生についての新規の受け入れが滞ったということがあり、労務不足をわずかに補う役目の実習生も枯渇したのです。このような状況も労務費高騰に拍車をかけています。
国土交通省資料「高齢者の大量離職の見通し」によると、10年後には大半が引退されるであろう「65歳以上」が42.4万人である一方、「20 ~ 24歳」13.9万人、「25 ~ 29歳」19.2万人で、30歳未満の割合が極端に少なく、若年入職者の確保・育成が喫緊の課題とされています。
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以上のような状況について、経済学では「典型的なコストプッシュ型インフレ」と呼ぶそうです。原価が上がったことにより価格転嫁を行う、逆にいえば「正常な経済状況」であることを管理組合としても冷静に受け止めなければならない、重要な点だということを理解してほしいと思います。
◆工事費の原因はなくなるか
①石油等のエネルギー価格
石油等のエネルギー価格の上昇はこの先なくなるでしょうか?
現時点(2022年8月時点)ではロシアによるウクライナ侵攻は長期化が予想されており、短期的にみて、建設資材の高騰の原因である経済制裁も緩和される見通しがありません。
このため、エネルギー価格は今後も上昇または現状維持を望めるかといったところだと思います。
②円安基調
次に金利政策の変更がなされ、為替レートの円安基調が変わるでしょうか?
輸入品の価格が下がる要素としての円安ですが、日本国内におけるさまざまな債権に関わる事情や景気側面等からみても当面の金利政策の変更は見込めないだろうと考えられます。
③建設作業従事者の増加
それでは建設作業に従事する就労者が短期間に増加するでしょうか?
若年層の就労者が急激に増加することなどはありえません。
慢性的な労務不足は、国土交通省でもいかに改善するかは十数年のトレンド、喫緊の課題で、いろいろな手を打ち続けてきています。それでも改善策は見込めていません。
外国人技能実習生に関しては新型コロナの終焉があったとしても、他のアジア各国の経済成長に伴って、日本だけに人材が流れてくる傾向にはならないだろうと考えられます。
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当面は、この状態が常態化し、高止まりで安定するのか? ということになりますが、私からはあえて、それも無理=×であろうと見通しを
立てさせていただきました。
特にマンション改修工事市場では、実際はさらに高騰する要因があると考えられます。
提言/大規模修繕工事を持続するために
◆マンション改修業界の将来を考える
入札から契約、工事着手までの期間に原材料や労務費が高騰したため、元請けの施工会社が工事の最初からまたは途中で赤字になるという話を聞きます。
工事がはじまってから、工程どおりに必要とされる作業員が集まらず、予定した作業が同じペースで進められないということが起きています。
そのようなものは請け負った者の責任でなんとかしろ、というのは当たり前です。契約上もその責任はあります。ここでは、その当たり前だという話を進めたいわけではなく、現実はどういうことになるのかという話です。
すなわち、5人集めたかったところが3人だったり、当日人がまったく集まらない現場ができつつあります。
こうしたことが常態化、蔓延化するとどのようなことが起こるかというと、元請けとしては工期が定められているので何とかしようとして、とにかく人をかき集めようとします。そうすると臨時で集められた人は、今日は何をするんだろう、何をすればいいんですか、という人が集まります。いわゆる技能、技術のない人が寄せ集められるのです。
また、工程が遅れているため急いで作業をさせるので、いわゆる突貫工事というものになる可能性があります。
突貫工事といえば品質が悪い、低下するという話になります。
品質の悪い工事の責任をとれと元請けにいうことはできるかもしれませんが、何より誰が損をしているかというと、金銭に代替えできない、管理組合のデメリットとなるのです。
今後は、この管理組合のデメリットが多発するのではないかと考えられます。
施工会社の内的要因において、原材料高騰、技術者不足、技能労働者不足、働き方改革実施があり、これらを反映した見積書を管理組合に提出せざるをえません。このような見積もりに対して、管理組合が拒否したり、一方的なコストダウンの要求をされると、施工会社にとっては負のスパイラルに陥るという現象になっていくことになります。
週休2日制もままならない3Kの現場でだれが働きたいでしょうか。金銭的な待遇もよくない職場は将来的にも発展のない業界になります。
建設業界はやがて持続困難な業界として縮小して消滅していくという危険性もはらんでいるといえます。
とはいえ、マンションストックは増大する一方です。マンション改修の業界が縮小すれば、工事をやりたいと計画したときに工事ができないという事態になると想定されます。酷暑でエアコンを取り付けたいけど職人が不足しているから取り付け作業は3カ月先だよ、と。そういう現実がマンションの修繕工事の現場でも起こってくるかもしれないのです。
大規模修繕工事を計画しても1年先だ、2年先だということが普通に起こってくるかもしれません。そうなると皆様の資産の保全や住環境の維持についての危機を引き起こしかねないということになるわけです。
結局は管理組合のデメリットが増大しているということにつながるのです。
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では将来のために何をなすべきなのでしょうか。管理組合としては、世間の風潮に流されず、しっかりとした正しい情報分析のもと、値上がりした工事に対して、まずは理解を示していただきたいと思います。
それが、持続可能なマンション改修工事の市場の育成につながっていくことになるのです。
大規模修繕工事新聞 22-11-155号