区分所有者のAさんが理事長に、管理規約にあるとおり、理由を付けた書面を提出し、会計帳簿の閲覧を請求しました。理事長は、「では、○日の○時に管理事務所で」と指定し、Aさんに会計帳簿を閲覧させる約束をしました。
当日、理事長立ち会いのもと、Aさんに資料を渡すと、Aさんはスマホでカシャ、カシャ、はじめました。写真です。
そこで理事長は「写真はダメですよ」と注意しました。「管理規約は閲覧しか認めていません」。
ところが、Aさんは言い返してきました。「写真はダメって規定もないですよね?」。
実は、「謄写」に関しては明確な答えがありません。
マンション標準管理規約では、「閲覧」規定を設けて、その権利を認めていますが、規定のない「謄写」の権利までは認めているわけではないと考えられています。
とはいえ、Aさんからみれば、閲覧だけでは確たる情報集めになりません。スマホなら手間もかからず、持ち帰ってじっくり検討もできます。
一方、管理組合側からすると、Aさんだけを認めるわけにもいかず、他の区分所有者に対して謄写をむやみに認めれば、権利の濫用によるトラブルの可能性も出てきます。
裁判例をとってみても、「謄写」を認めるか、認めないのかで判断が分かれています。
【平成23年9月15日東京高裁】
規定のない「謄写」請求権を否認
区分所有者Xが理事会に対し、収入・支出に不明な点が多く、予備費の使途不明、什器備品、通信費、事務印刷の支出増加があるとして、適正に経理処理がなされているかどうかを確認するため、会計帳簿その他の帳票類の閲覧・謄写を求めた事案です。管理組合が謄写を拒んだため、Xは訴えを提起しました。
裁判所は、「本件規約で閲覧請求権について明文で定めている一方、謄写請求権について何らの規定がない」とし、「謄写」請求権を認めませんでした。
【平成28年12月9日大阪高裁】
規約にない資料の写真撮影も認める
区分所有者Xらが総会議事録、理事会議事録、会計帳簿および裏付資料、什器備品台帳の閲覧、写真撮影を求めて提訴した事案です。
裁判所では、管理組合と区分所有者の関係は「民法の委任に関する規定を類推適用すべき実質がある」とし、管理組合は個々の組合員からの求めにより「報告義務の履行」として、「閲覧に供する義務」「写真撮影を許容する義務」があると判断しました。規約にない裏付資料についても「閲覧謄写の制限は不要である」とXらの請求を認めました。
裁判でも、①法令等により「閲覧」と「謄写」を区別して論じる、②規約で閲覧が認められている場合には原則として謄写も認めるなど、それぞれの事案の背景によって判断が分かれるようです。
そもそも利害関係人等に対し、閲覧の権利が当然のように認められているわけではなく、管理規約に閲覧請求の規定がない、また、管理規約で閲覧請求が認められていても、例えば組合員名簿などプライバシーに留意しなければならない資料も含まれています。
実務として理事長や理事会、区分所有者が困ることのないよう、管理組合情報の閲覧等に関する独自の細則を定め、それぞれの管理組合に合ったルール化を進めることが必要といえるでしょう。
まめ知識①
まめ知識②
区分所有法では、「利害関係人の請求があったときは、正当な理由がある場合を除いて、規約(33条)、集会の議事録(42条)の閲覧を拒んではならない」とあります。
○ 利害関係人とは…区分所有者、敷地や専有部分に関する担保権者、差押え債権者、賃借人、区分所有者からの媒介の依頼を受けた宅地建物取引業者など。単に親族関係にあるだけの者等は含まれません。
○ 正当な理由がある場合とは…例えば、深夜に閲覧請求をする、繰り返し無用の請求をする、嫌がらせのような請求をする場合など。こうした濫用的な請求以外は、閲覧を拒むことができません。
まめ知識③
管理組合が組合員名簿を作成し、保管する場合、管理組合は「個人情報取扱事業者」に当たるため、組合員名簿を適切に管理する義務が生じます。現在、マンション管理計画認定制度における認定基準にも組合員名簿が入っているため、これから作成する管理組合が増えると思います。個人情報保護法に留意しながら、作成に取り組んでください。
また、組合員名簿の保管を管理会社へ委託する場合は、個人情報保護法の「第三者への提供」には該当しません。このため、管理会社への情報提供について同意していない区分所有者の氏名を管理会社へ提供しても、法令違反にはなりません。
まめ知識④
管理者(理事長)・管理組合法人の理事が、管理規約、集会議事録、書面決議の書面の保管義務違反または閲覧の拒絶を行った場合、区分所有法では20万円以下の過料に処せられるとあります。
大規模修繕工事新聞 167号 23-11