「管理費の督促状を送っても読んでもらえない」「総会の議案を説明しても反応がない」——外国人区分所有者の増加に頭を悩ませる管理組合の声が、全国で増えている。こうした状況を打開すべく、国土交通省とマンション管理センターが2026年春、外国人向けの多言語解説資料を相次いで公開した。大規模修繕の現場でも直結する「合意形成の壁」を、制度と情報の両輪から崩す取り組みが動き出している。
増える外国人オーナー、深まる「伝わらない」問題
国内のマンション市場への外国人投資は近年加速している。東京・大阪などの都市部では投資目的で購入した海外在住オーナーが管理組合員となるケースが急増し、国土交通省も「海外居住の外国人がマンションを購入するケース、海外赴任等で長期間海外に居住するケースが増加しつつある」と公式に認めている。
問題は、言語だけではない。「管理組合」「修繕積立金」「長期修繕計画」——こうした概念自体が日本固有の制度であり、自国に同様の仕組みを持たない外国人には根本から説明が必要になる。管理費・修繕積立金の滞納、総会の欠席・委任状の未提出、緊急時(漏水・火災等)の連絡不通。これらが複合的に発生すると、管理組合の運営そのものが機能不全に陥りかねない。大規模修繕を控えたマンションでは、工事の合意を取り付けるだけで数年を要する事例も報告されている。
国交省が英・中・日の三言語パンフレットを公開
そうした現場の声に応える形で、国土交通省は2026年春、外国人区分所有者向けのパンフレット「日本におけるマンション管理について」を日本語・英語・中国語の三言語で公式に公開した。
資料は全7章で構成されており、「日本のマンション管理とは何か」という根本的な問いからスタートする。専有部分と共用部分の考え方、管理組合は「任意参加」ではなく区分所有者全員が自動的に構成員となる点、管理規約と総会が管理の「二つの柱」であること、そして長期修繕計画と修繕積立金の役割——修繕を担う実務者にとっても見慣れた概念が、外国人の目線で丁寧に再説明されている。
注目は巻末のQ&Aだ。「管理費と修繕積立金の違いは?」「転居したら積立金は返還されるか?」といった実務的な疑問に加え、2026年4月施行の改正区分所有法(第6条の2)で新設された「国内管理人」制度についても解説されている。海外在住の区分所有者が国内に管理人を選任し、総会における議決権の行使・管理費等の支払い・管理組合への通知受領など、区分所有者に代わる幅広い管理業務を担う窓口を設ける仕組みだ。これまで「連絡が取れない」「対応が遅い」と管理組合が頭を抱えてきた問題への制度的な答えとも言える。
また「民泊はできるか」という問いへの明確な回答も掲載されており、近隣トラブルの温床となりやすいAirbnb的利用の可否を規約レベルで理解してもらう狙いがある。
標準管理規約の英文仮訳も登場
国交省パンフレットと時を同じくして、公益財団法人マンション管理センターも重要な資料を公開した。改正後の「マンション標準管理規約(単棟型)」の英文仮訳版(2026年4月)である。
2025年10月17日に国交省が公表した改正後の標準管理規約を受け、マンション管理センターが2026年4月10日に英文仮訳を公開した。外国人区分所有者が規約の全体像を英語で把握できる初めての包括資料となった。「公式翻訳ではない(仮訳)」と注記されているが、管理規約が日本語のみで存在している現状においては、外国人オーナーへの説明ツールとして、あるいは規約見直しの際の参照資料として、管理組合・管理会社・専門家のいずれにとっても実用的な価値を持つ。
管理規約は、大規模修繕工事の実施決定や修繕積立金の額改定に直接関わる。外国人所有者に「なぜこの工事が必要か」「なぜ積立金を増額するのか」を説明する際、規約の根拠条文を英語で示せることは、合意形成の実務で大きな武器になる。
大規模修繕の現場への直接的な影響
大規模修繕工事において外国人区分所有者の問題が顕在化しやすいのは、主に次の三つの場面だ。
工事実施の合意形成では、工事説明会や総会への参加が得られないケースが多い。今回公開された資料を活用し、事前に「なぜ修繕が必要か」「費用はどう負担されるか」を母語で説明する取り組みが有効だ。
一時金徴収・積立金増額では、追加負担への理解が得られず滞納に発展するリスクがある。修繕積立金の仕組みを説明した国交省パンフレットの該当章は、まさにこの説明に使える内容だ。
工事期間中の日常対応では、立ち入り調査や専有部への一時的な作業が必要になる場合もある。海外在住オーナーへの事前通知と「国内管理人」経由での連絡体制構築が、工事の円滑な進行を左右する。
「制度」と「情報」が揃った今、現場が動く番だ
今回の二つの資料公開は、「外国人区分所有者への対応」が個々の管理組合の努力に委ねられてきた時代から、国が制度と情報の基盤を整備する段階に移ったことを示している。
ただし資料は「届けなければ意味がない」。管理会社が送付書類に同封する、マンション管理士が規約説明の際に活用する、総会召集通知に英語版リンクを添付する——現場ごとの工夫が、多言語対応を「形だけの取り組み」から実質的な合意形成ツールへと変える鍵になる。
外国人区分所有者との共生は、大規模修繕工事の発注者・管理組合双方にとって、もはや「特殊ケース」ではなくなった。日本語が通じない所有者がいることを前提にした合意形成のプロセス設計が、これからの修繕実務の標準となる日は近い。
リンク
- 国交省「日本におけるマンション管理について」
- マンション管理センター「マンション標準管理規約(単棟型)英文仮訳」
大規模修繕工事新聞・ニュース速報 2026-05-11 09号





