「ちょっと待って。いったんストップしましょう」 セカンドオピニオン制度活用で、工事計画見直しへ
管理会社の作成した長期修繕計画にある時期がきたので、管理会社から提出された調査診断書に基づいて工事計画を立て、管理会社による大規模修繕工事を行う―多くの管理組合が経験するもっとも一般的な大規模修繕工事実施の流れである。このような実情に対して全国建物調査診断センターでは一貫して「いったい誰のための工事と言えるのか」と呼びかけている。「管理組合の自主・自立・主体性」を目指すためには、大規模修繕工事実施に進んでいる計
画をいったんストップさせ、工事に至るまでの流れを客観的にみてみる勇気も必要だ。
東京・荒川沿い、自然観察公園が徒歩圏内にあり、最寄り駅や商業施設、公共機関も徒歩5分圏内に立地する、住環境に恵まれたマンション。分譲から12年間、「マンション管理」や「管理組合」といった言葉が無縁の生活空間が流れていた。
「お子さんも多いマンションですし、何かあったら大変ですよ」。2児の母親でもあるAさんは年度明けの4月、理事長就任早々、管理会社フロントマンから発せられた言葉に「いったい何がはじまるんだろう?」と耳を疑った。
Aさんは夫婦共有名義の区分所有者で、初めて輪番により役員に指名され、総会後の互選で理事長職に就いた。これまで組合運営にはまったくタッチして来なかった。理事の就任については、「月1回の理事会に出席しているだけで、1年なんてすぐ終わる」という経験者の声を聞き、「仕事で帰りの遅い夫よりも」と夫婦を代表して理事の役目を引き受けた。「順番で回ってきた期間だけ役目を果たせばよい」はずだった。
フロントマンの説明によれば、来年に大規模修繕工事を行うため、今期の理事会では大規模修繕工事の計画を立て、工事契約を結ぶまで行うとのこと。第1回理事会では、初めて見る長期修繕計画を広げて、12年周期の大規模修繕工事の時期が来ていると教えられ、大規模修繕工事実施までの流れの説明があった。
理事会に参加していた管理会社の工事部門の人は「経年劣化により外壁タイルの浮きがあり、放っておくと剥がれて落下します」と言い、フロントマンからは「もしタイル落下でけが人でも出たら、責任問題ですからね」と話した。「何かあったら大変ですよ」の「何かあったら」とは「けが人が出たら」を意味していたようだった。
Aら理事5人は黙って管理会社の説明にうなずいていた。「黙って」というのは、「何がなんだかわけもわからず」と言い換えることができる状態だった。
2回目の理事会は管理会社が事前に作成していた建物調査診断書で建物劣化状況の把握を行った。3回目以降は工事の概要と資金計画の説明を受けた。
「何がなんだかわけもわからず」状態なのに、工事計画はどんどん進んでいく。理事たちは相変わらず管理会社の説明にうなずくだけだった。
理事会メンバーと顔なじみになったころ、一部の理事と立ち話をした。「たいへんな時に理事になっちゃったね」「ホント、主人からは工事のことなんかわかるのか?って」「それにいきなり責任大きいし」「大規模修繕工事って、今やんなきゃいけないのかな?」…。
次の理事会でAさんは管理会社に「マンションは素人目にみてもまだまだ全然きれいなのに大規模修繕工事の必要性はあるのか」質問してみた。それでも回答は「何かあったら大変ですからね」と同じものだった。
「“理事会に出席するだけでいい”と言われていたのに」。Aさんは互選で理事長職を簡単に引き受けてしまったものの、インターネットで調べているうちに「何かあったら」の責任は管理者である理事長に降りかかることが分かってきた。
一方、インターネットで調べた知識から設計事務所などのコンサルタントを入れる方法もあることがわかった。第三者の視点を入れてみてもいいかもしれない。理事会でその旨を告げると、管理会社からコンサルタントの紹介を受けた。
紹介されたコンサルタントはさらに詳しく建物の状態を説明してくれたものの、工事をやる方向の話に変わりがなかった。それよりも管理会社から工事費が足りないので、金融機関から借り入れを申し込む説明を受けた。金融機関への記名・押印は理事長の個人のものだった。「えっ?」このときはじめてゾッと体に電気が走った。
工事総額8,000万円のうち借り入れ額は1,500万円。管理会社からは「毎月積立金を集めているから心配ないですよ」と言われた。
とにもかくにも、大規模修繕工事実施へどんどん、どんどん進んでいった。
秋がはじまるころ、コンサルタントから「工事会社を公募しましょう」と提案があった。募集要項や見積比較のための共通仕様書はコンサルタントが作ってくれた。5社の応募があり、名前の知らない会社ばかりだったが、管理会社が含まれていたことに驚いた。
Aさんは感じた。何かの既定路線の上を進んでいるのではないだろうか。
コンサルタントによれば、年末までに工事会社を決め、翌年はじめに工事説明会を行い、3月の定期総会で大規模修繕工事実施の決議をとるスケジュールでいくという。その総会のあとに工事契約書に理事長印を押せば、今期の理事会の役目が終わるというのだ。
工事会社5社の中から選定をしている理事会で、Aさんは勇気を振り絞った。「ちょっと待って。工事計画の進行はいったんストップしましょう」。
Aさんはインターネットで調べた管理組合支援団体に今の状況を相談し、大規模修繕工事は12年周期が決まりではなく、現在は15年を目安に行っているマンションが多いこと、取り組み方によっては18年周期も可能なことなどのアドバイスを得ていた。管理会社から紹介を受けなくても対応しているコンサルタントがいることもわかった。
そこで、Aさんは管理会社を抜きにした理事会を開催し、自分が調べた情報を他の理事と共有。本当の意味での第三者の意見を聞き、改めて大規模修繕工事の計画をし直してもいいのではないかと提案した。大規模修繕工事のセカンドオピニオン制度の活用である。
その後、新たなコンサルタントのもと、工事実施の決議を採決するはずだった3月の総会で修繕委員会を立ち上げ、Aさんらが委員として残った。
「管理組合が自立し、主体性を持ってやらなければ、ものごとはいいように進んでいってしまうことがよくわかりました」とAさん。現在、工事は2年後の築15年目に実施することを目標に、工事項目や資金計画等の見直しを行っている。
(大規模修繕工事新聞 138号)
全国建物調査診断センターでは闘う管理組合を応援しています。現在の管理体制に疑問がある、不満があるという管理組合、また現状を打破したい、適正管理へのきっかけ作りをしたいと考えている管理組合は、ぜひ下記までご連絡ください。
一般社団法人 全国建物調査診断センター
〒112−0012 東京都文京区大塚5−3−10−1102
☎03−6304−0278 FAX:03−6304−0279 E-mail: info@zenken-center.com
●マンション概要
・Rマンション管理組合
・築13年・RC造・1棟・7階建て
・全60戸
・役員/理事5人、監事1人
・任期/1年(輪番制)
・理事会開催頻度/月1回
セカンドオピニオン制度とは
セカンドオピニオン制度の利点は、大規模修繕工事や設備改修に対し、管理会社やコンサルタントの提案を、第三者の視点から客観的に判断、管理組合の自立を促し、管理運営の改善、財務の改善を行うことです。
具体的には、設計コンサルタント費用の削減や工事自体の実施時期、範囲、内容の適切化を進めることが可能になります。また、全建センターでは日常的な管理運営、管理業務の見直し・改善についても対応しています。