【事案の概要】
第1審原告: 区分所有権を売却して転出しているX(第3回大規模修繕工事実施時の理事長)
第1審被告:管理組合Y(昭和56年竣工、12戸)
第1審原告Xは、平成25年1月の定時総会で理事に立候補し、希望して理事長に就任。第3回大規模修繕工事を推進し、同年10月の臨時総会で、工事の実施および工事費用の借り入れを決議した。
一方、その後に管理組合Yの理事に就任した理事長Y1、副理事長Y2、監事Y3は、Xは①自己の区分所有権の転売を考えていた、②工事は漏水対策が中心だったが美観確保の外壁補修に変った、③工事費用1,700万円のうち1,000万円を借り入れ、その返済を将来の区分所有者が負うようにしたと主張。工事はXの利益誘導、虚偽説明によって行われたとし、Xの不正行為を指摘する文書を各戸に配布、工事費用の返還を求める書面を掲示板に掲示するなどした。
これにより、XはYらを相手取り、損害賠償債務が存在しないこと、Xの名誉が毀損されたことを理由に平成30年11月に提訴(原審)した。
原審は、工事は総会において承認を得ていて工事費用の支出に違法があるといえない、Xが自己の区分所有権の売却を企図して工事を実施したとも認められないとして、Xに債務不履行・不法行為責任は生じないとした。また、Yらの行為は名誉棄損に当たるとして、損害賠償の支払いを命じた。
Yらは控訴した。
【控訴審の判断】
東京高裁は原判決を変更し、約909万円の損害賠償債務を負うことを確認し、Xのその他の請求を棄却した。
東京高裁は、Xの理事長としての行為について、「総組合員の利益を目的とすることを装いつつ、その実は私的利益(将来の総組合員の利益を犠牲にした上での高値転売)を図ったものと推認することができる」と指摘。「私的利益を目的として職務を遂行することは、管理組合に対する善管注意義務違反に当たり、これによって管理組合に生じた損害を賠償する責めに任ずる」と判断している。
【コメント】
マンションの理事は管理組合と委任関係にあり、「善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務」(善管注意義務)を負っています(民法644条)。
本事案では、元理事長の大規模修繕工事の実施等に関する職務執行に、管理組合に対する善管注意義務違反があったのかどうかという点が主要な論点として争われました。
第1審では、大規模修繕工事は総会で有効に可決されたものであることを理由に、善管注意義務違反は認められないと判断されました。しかし、控訴審では、総会決議を経たからといって、私的利益を目的とすることを隠していた場合には、善管注意義務違反にあたることに変わりないと判断されました。
控訴審が善管注意義務違反にあたると判断したポイントは次のポイントです。
①元理事長が自己の所有する住戸の転売を考えていた。
② 元理事長は賛成者多数と説明しながら根拠となるアンケート結果の開示に応じず、防水工事保証期間についての虚偽の説明を行い、管理会社の反対を押し切り、工事の検討についての理事会決定を守らないなどの行動があった。
③ 住戸の雨漏りの修繕を中心とする小規模な工事で足りたのに、外観の見栄えがよくなる外壁タイル補修工事の実行が可能な大規模修繕の実施にこだわった。
④ 漏水原因調査を十分に行わないで工事を実行する一方、漏水対策のために外壁補修が必要と称して工事の中心を美観確保のための外壁補修に置き、外壁タイル補修枚数を大幅に増加させた。防水工事は大幅に削減して実行した。
⑤ 大規模修繕工事費用の約3分の2を借入金でまかない、管理組合の債務を増加させ、将来の区分所有者の負担を増やそうとした。
そして、控訴審は、理事長個人は管理組合に対して、①おおむね総工事費の4割以上にあたる約715万円に加え、②工事実施のために借り入れたリフォーム融資の利息及び保証料、③元理事長が相談したマンション管理士への支払い報酬についても賠償する責任があると判断しました。
大規模修繕工事は大きなお金が動く局面ですので、これを奇貨(利用して思わぬ利益を得る機会)として理事長が個人的な利益を図ることはしばしば起こることだと思います。
そのようなことを防ぐためにも、業者の選定や工事の進め方等については、理事会や大規模修繕委員会等の多くのメンバーで十分な議論を尽くしながら進めるべきでしょう。
大規模修繕工事新聞 171号 2024-03
山村行弘(やまむら・ゆきひろ)弁護士
2016 年、大空・山村法律事務所を開設。第一東京弁護士会刑事弁護委員、独立行政法人国民生活センター発刊『国民生活』の“ 暮らしの法律Q&A”(2010 年~ 2017 年)、日本経済新聞「ホーム法務Q&A」(2018 年1月~)の執筆担当。
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