【事案の概要】
原告X=当時80歳女性。本件マンションを区分所有。
被告Y1=宅建業者(Zビル3階に所在)
被告Y2= 不動産コンサルティング業者・貸金業者(Zビル4階に所在)
被告Y3=宅建業者(Zビル3階に所在)
被告Y4=Y2の代表者
被告Y5=Y2の従業員
被告Y6= Y1の従業員兼Y3の代表者(Y3にはY6以外に役員や従業員は存在しない)
判決文には、その他Y1の代表者等も相被告として登場するが、割愛する。
1 前提事実
⑴ Xは、昭和58年から亡夫と本件マンション(専有部分の面積約30㎡)を共有し、亡夫を相続した平成8年9月以降は、本件マンションを単独所有し、居住していた。
⑵ 平成28年8月当時、Xは80歳で年金(年額約70万円)以外に収入はなかった。
⑶ Xには、本件マンションの住宅ローンの残債のほか、金融機関から借入債務約200万円、その他債務約20万円があった。さらに、管理組合に対する管理費約70万円を滞納しており、同月、管理組合を債権者とする強制競売開始決定がなされ、本件マンションは差押えられた。
2 Y2らによる働き掛け
⑴ 同月頃、Xは、郵便はがきで、Y2からは「不動産担保ローン 無料でご相談を承ります。」などとするダイレクトメールを、Y3からは「お客様の所有不動産を活用した資金調達のお手伝い」「当社による買取(*リースバック含む)当社にて物件を買い取ることで資金を得られます。」などとするダイレクトメールを受け取った。
⑵ 平成28年9月、Xは、Y2に電話をかけ、Y4に管理費滞納分70万円の支払目的で100万円の借入を希望することを伝え、Y2事務所で面談することを約束した。(他方、XがY3に連絡したとの記録はない。)
3 Y2らによる詐欺行為
⑴ 平成28年9月22日、XはY2を訪問、Y2はXに競売手続により本件マンションの所有権を失う危険があると述べ、不動産担保ローンの説明をし、Xに350万円の融資申込書を作成させた。
⑵ 同月26日、再びY2を訪問したXに対し、Y4はY5とともに応対し、Y2では融資を実行できないと告げ、Y5はXをY1の事務所に連れて行き、Y6を紹介した。
⑶ Y5とY6は、債務を清算した上で手元に100万円の資金を残すには、融資額を500万円にするのが良いと述べて、Xに、Y1に対する本件マンションを代金500万円で売却する旨の区分所有建物売買契約書に署名押印させた。買主欄にはY1代表取締役Aの記名押印があったが、押印したのはY6であった。売却申込書の特約事項欄には、「売却後も半年程度居住希望」と書かせた。
⑷ 売買代金額の決定に先立ち、事前の現地調査等による評価は行われなかった。
⑸ 同月28日、Xは、Y1に呼び出されて、法務局へ行き、登記書類を作成させられた。このとき、これらの書類の意義・目的を認識していなかった。
⑹ 同月29日、Xは、Y6の指示により診療所を受診し、「認知症を認めない」などとする診断書を作成し、Y6に交付した。
⑺ 同年10月20日、Y6は、XをY1事務所に呼び出し、本件マンション売買契約を解除する旨の解除証書に押印させた上、①Y3を買主とする本件マンションを500万円で売却する旨の区分所有建物売買契約書、②本件マンションが競売手続中であるため時間的余裕がなく、物件売却後も引越まで時間的余裕が欲しいとのXの要望のため、近隣の類似物件の成約事例よりも売買価格が低くなったことを旨とする「売買価格に関する合意書」、③期間3 ヶ月間の定期建物賃貸借契約書をXに作成させた。
⑻ 同日、Y3からXに代金の送金とともに、Y3に本件マンションの所有権移転登記がされた。
⑼ 同年11月17日、Y3はBに本件マンションを代金1250万円で売却し、同年12月28日、BはCに対し代金1980万円で転売した。
【裁判所の判断】
裁判所は、以下の理由により、Xの請求を一部認めた。
⑴ Y4が融資を実行できないとした理由に合理性はない。社内審査が行われたかも疑わしい。このような事情に照らせば、Xに対し、本件不動産を担保にして融資を行う意思がないのにこれがあるかのように装って不動産担保ローンを勧誘し、Xを、Y2から借入をすれば、本件マンションの所有権を失わずに済むと誤信させた。そして、このことが、Xを後の本件マンションの売買や賃貸借(リースバック)へと誘導するきっかけとなった。
⑵ 長年居住してきた本件マンションの所有権を失う危機に直面し、Y2の不動産担保ローンに頼ったXにとって、半年程度のリースバックは望んでいた内容ではないことが明らかであり、Xがたやすく応じたとは考えにくい。また、Y5・Y6が買戻しを約したからこそ、Xは、売買契約を交わしたとしても本件マンションの所有権を失わずに済むと考えた。
⑶ 本件マンションは、引き続きXが居住し、室内リフォームも実施されないまま1250万円で売却されたことからすれば、リフォームの不実施は転売価格の決定に影響を及ぼしておらず、本件マンションの売買代金額500万円は市場価格をBへの転売価格1250万円とみたとしても、これよりも著しく低廉であった。
⑷ Y6らが提案したリースバックの期間は恣意的で一貫性を欠くものであった。
⑸ 本件不動産は、BからCに転売され、Y3からCに移転登記された結果、Xは、X・Y3間の本件マンション売買契約を詐欺により取り消したとしても、所有権をCに対抗し得なくなり、その賃借人の地位に甘んずることになった。
⑹ 以上の一連の事情によれば、Y4・Y5・Y6は、Xから本件マンションを市場価格よりも著しく低廉な価格で取得し、これを転売して利益を得るとの企図の下、順次Xに働きかけて、本件マンションにつき、売買契約及び賃貸借契約(リースバック)を締結させるという、Xが望む内容とはかけ離れた方向に誘導し、本件マンションをだまし取ったと認めることができる。
⑺ Y4・Y5・Y6はその実現に不可欠の役割を担っており、Y1・Y2・Y3も法的責任を負う。
⑻ 本件マンションの市場価格は1250万円と認められ、Xが売買代金として受領した額との差額分768万円及び弁護士費用76万円がXの損害と認められる。他方、XがY3に対して支払った賃料や慰謝料は損害として認められない。
【コメント】
本件の事実関係は非常に複雑ですが、管理費の滞納によって管理組合から競売手続を受けた原告が、被告らによる巧妙な手口によって、市場価格よりも著しく低廉な価格で所有マンションを売却させられ、その所有権を喪失したという事案です。
原告は、当初、不動産担保ローンによる融資を受けられるとの期待を持たせられたにもかかわらず、その後、融資が実行できないなどとして、リースバックに誘導されたというものです。
本件は、詐欺事案であり一般化すべきではありませんが、近年、リースバック(所有する不動産を第三者に売却し、同時に賃貸借契約を締結することで従前どおり居住し続けられるという契約)が普及しつつあるとともに、トラブルも少なからず生じているようです。
例えば、強引な勧誘で契約してしまい後々解約を申し出たら高額な違約金を請求される、支払賃料の合計額が数年で売却価格を超えてしまう、市場での取引価格より著しく低額な代金で売却してしまう、当初の条件と実際の賃貸借条件が違い住み続けることが難しくなった、等のトラブルです。
リースバックを利用するに際しては、売却価格、賃料、買戻しの条件等を慎重に判断することが求められます。国土交通省からは「住宅のリースバックに関するガイドブック」が発行されていますので、ご参照ください。
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大規模修繕工事新聞 175号 2024-07