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第78回管理組合オンライン・セミナー採録Part.1

 

一般社団法人全国建物調査診断センターが12月21日に配信開始した第78回管理組合オンライン・セミナーの要約を採録します。今回は山村行弘弁護士が講師を務めた第1部「マンションと認知症の法律問題」を採録します。
視聴動画は下記URLよりVimeoとYouTubeで公開しています。
//zenken-center.com/78sm


 「マンションと認知症の法律問題~住民・管理組合のための法的備えと対応~」について、弁護士の立場から説明させていただきます。
高齢化の波と「2025年問題」
 2025年は、いわゆる団塊の世代である800万人全員が75歳以上、つまり後期高齢者となります。この2025年問題は、高齢化社会が訪れることで生じる様々な影響をさせます。
 さらに、認知症高齢者数は約320万人に上ると考えられており、今後急速な増加が見込まれます。
 認知症の症状は、重大な損害賠償事案に直結するだけでなく、他の住民の平穏な生活を侵害するリスクがあります。

事例1 水漏れ・火災リスク
 私も実際に現在進行形で高齢の方が水道の水を出しっぱなしにして、下の階に漏水被害を生じさせてしまったという事案で、下の住民から訴えを起こされたという事案を担当しています。
 失火については、不注意による失火で他人に損害を与えても、重大な過失がなければ損害賠償責任を負わないことが失火責任法で定められていますが、重大な過失があれば損害賠償を負ってしまう点に注意が必要です。
 これらに対する対応としては、水道などの定期点検や止水栓の確認のほか、他人に損害を生じてしまった場合の保険である個人賠償保険や類焼損害補償特約付きの保険に加入することが考えられます。


事例2 徘徊によるトラブル
 例えば、高齢者が徘徊して他人の専有部分に侵入してしまったり、共用部分を汚染してしまったり、扉を壊してしまうようなケースもあれば、徘徊することで車にひかれてしまうなどの交通事故にも注意が必要です。
 それらに対する対応としては、区分所有者による高齢者の見守り体制の構築や緊急連絡網の配備、家庭や地域包括支援センターへの連携が考えられます。
 なお、地域包括支援センターは保健士、社会福祉士、主任支援専門員などの専門職が配置されており、主に総合相談支援、介護支援ケアマネジメント、虐待などからの権利擁護、包括的継続的ケアマネジメント支援などを担当しています。


事例3 衛生・環境問題
 ゴミ出しのルールの無視や騒音、ゴミ屋敷化などがあげられます。
 このような場合、悪臭や害虫、火災誘発リスクが増大し、近隣住民の平穏な生活を侵害することになってしまいます。
 これらに対する対応としては、管理規約に基づいて是正指導を行うことのほか、行政や福祉との連携も重要となります。


認知症の方に「責任能力」はあるか?(民法713条)
 高齢者が損害賠償責任を負うという話をしましたが、責任無能力の賠償責任を否定している民法713条について説明したいと思います。
 民法713条は、認知症などにより責任能力がなければ、その本人に損害賠償は請求できないと規定しています。ただし、裁判所の判断により、軽度やまだら認知症の場合は責任を問われる可能性があります。
 また、本人に責任能力がないとされると、直接本人に損害賠償請求ができませんので、その場合、監督義務者、これは配偶者や同居の家族などを指しますが、その監督責任が問題となります。


家族責任による賠償が受けられないリスク
 家族の監督責任が問題となったJR東海事件を紹介します。
 認知症の91歳の男性が深夜に徘徊し、列車と衝突して、死亡してしまった事件で、JR東海が当該男性の妻と長男に対して、約700万円の損害賠償請求を行ったものです。
 この事件で、裁判所は、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けて監督を厳に行い、その対応が単なる事実上の監督を超えているなど、その監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合に限り、法廷の監督義務者に準ずる者として責任を負うという基準を示して、高齢養介護状態の同居の妻や別居していた長男は、いずれも特段の事情が否定され、家族の責任は認められませんでした。
 他にも、特段の事情がなければ、家族責任を否定する判断した裁判例があります。このように、裁判所は家庭への過度な負担回避を重視する傾向にあるようです。
 このような判例の傾向によって、マンション管理の実務では、認知症居住者による水漏れや火災トラブルで家族へ損害賠償請求しても認められない可能性が高いという判断基準として使われています。

「マンション管理」家族信託に特化した家族信託
 高齢者が所有するマンションについて、将来の認知症や判断能力低下に備え、お子さんなど信頼できる家族に管理、処分権限を託す仕組みが家族信託です。
 特にマンション管理に特化した家族信託では、マンションの管理、運用、処分に関する権限を受託者に移し、委託者である高齢者が安心して生活できるように設計されます。
 高齢者のマンション管理に家族信託を活用する主なメリットとしては、高齢者が認知症などで判断能力を喪失しても、受託者がマンションの管理や売却などの法律行為を継続できるため、財産の凍結や管理不能が防げます。
 受託者に管理権限が移ることで詐欺被害や不適切な契約締結のリスクを低減できます。 マンションの売却代金を信託財産として管理して、施設入所費用や生活費に充てることも可能です。
 ただし、身上監護権である施設契約や医療同意はないため、任意後見との併用が望ましい場合もあります。
 信託契約の内容や目的の設定が不明確だと、信託が有効に機能しないリスクがありますので、専門家の助言を受けて設計することが推奨されます。

管理組合が考慮すべき法的な環境整備
 管理規約の見直しについて、緊急時の連絡先届ける義務を明記することや、トラブル対応手順と証拠の記録化のルール作りが重要です。
 高齢者の区分所有者が認知症の場合、そのプライバシーに配慮するためには、個人情報保護法や関連ガイドラインに基づき、情報の取扱いや管理体制に十分な注意を払う必要があります。
 特に、認知症の兆候など特定の個人を識別する情報を管理組合が取得、利用する場合は、あらかじめその取扱いについて管理規約などで定めておくことが望ましいとされています。
 管理組合は、個人情報の取扱い方針や管理体制を明確にし、規約などで区分所有者に周知することが重要です。
 取扱いに関する基本方針や自己点検チェックリストなどを活用して、組織として継続的にプライバシー保護に取り組むことが推奨されます。


早期の備えがあなたとマンションも守る
 保険の確認やトラブルの早期記録などのマンション側の事例に加え、高齢者側でも任意後見や信託を活用する、遺言や資産整理などを行うなどの事前策を取っていただき、管理組合では規約の明確化、地域包括支援センターなどとの連携体制を作り、様々なリスクを最小化していただければと思います。
 私からは以上になります。

講師 弁護士・山村行弘氏
(一般社団法人全国建物調査診断センター 協力弁護士)

大規模修繕工事新聞 2026年1月 193号