【事案の概要】
原告:管理組合理事
被告:元理事で組合員のY1、Y2
マンシ ョン概要:地上9階・地下2階建て、住戸81、事務所25、店舗26、倉庫9、その他
被告Y1、Y2は、原告(管理組合理事)が管理組合を乗っとったなどという虚偽内容のビラを当該マンションの100戸以上に配布。このため、原告は名誉を毀損され、精神的苦痛を被ったと主張し、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料200万円等を求めた事案。
【前提事実】
管理組合と事務所部分の区分所有者との間で、事務所部分専用である共用部分の修理工事費用の支出について意見対立をしていたが、和解が成立(平成24年11月)。この後、事務所部分の区分所有者が理事に就任するなどしたことから、被告Y1、Y2は理事選任の集会決議を不服とし、決議の無効確認を求めて訴えを提起した。
裁判では被告らの訴えを却下し(平成27年6月)、控訴も行ったがいずれも棄却され(平成27年12月)、同判決は確定している。
平成29年4月、被告Y1、Y2が管理組合理事長、副理事長を名乗り、「東京法務局の通達により、即時理事長印の返還と現理事会の辞任を勧告する」と題する文書を本件マンションの100戸以上に配布した。
これにより、理事である原告は、管理組合の理事会を乗っ取ったなどという虚偽の内容のビラをマンションの各戸のポストに投函したことにより名誉を毀損され、精神的苦痛を被ったと主張して、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料200万円と支払済みまでの遅延損害金の支払いを求めた。
(大規模修繕工事新聞 147号)
【裁判所の判断】
・ 投函したビラは、原告を含む現在の理事会が乗っ取りグループであるとの意見ないし論評を行うものであって、管理組合の一部を支配する集団であるとの消極的な評価を伴うものであり、原告の社会的評価を低下させるものといえる。
・ 被告らが意見の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったということはできないから、本件記載の違法性は阻却されない。
・ 原告の名誉が毀損されたことを認定できるから、原告は精神的苦痛による無形の損害を被ったものというべきで、一切の事情を考慮すると、その賠償は100万円が相当である。
【コメント】
本件は、管理組合の理事を務める原告が、同組合の組合員である被告らに対し、原告が理事会を乗っ取ったなどという虚偽内容のビラを各戸のポストに投函したことで名誉を毀損されたとして慰謝料請求をした事案です。
人の社会的評価を低下させる事実を流布させる行為を名誉毀損行為といい、民事上、不法行為(民法709条)が成立し、これを行った者は損害賠償責任を負います。
刑法上の名誉毀損罪(刑法230条)は、社会的評価を低下させる事実を摘示した場合のみ成立しますが、民事上は、事実の摘示だけでなく、意見ないし論評であっても不法行為が成立します。
他方で、ある事実を基礎とする意見の表明による名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実にかかわり、専ら公益を図る目的でなされ、意見の前提としている事実が真実であると証明されたときは、人身攻撃に及ぶなど、意見としての域を逸脱しない限り違法性を欠きます。
意見の前提としている事実が真実であるという証明がないときにも、その行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があるときは、故意または過失がなく、不法行為が成立しないと考えられています(最判平9.9.9)。これを真実性・真実相当性の抗弁といいます。
本件において、ビラをまいた被告らは、自分たちの行為が専ら公共の利害に関する目的で行われたものであると主張した上で、このような真実性・真実相当性の抗弁を主張しました。
これに対して、裁判所は、いずれの意見ないし論評についても、前提となる事実の真実性や真実と信じるについての相当の理由が立証されていないとして、この抗弁を認めず、名誉毀損の成立を認めました。
マンション内でビラを配ったり、各戸に配布する行為は珍しい行為ではありませんが、その内容が人の社会的評価を低下させるようなものである場合は、上記の真実性・真実相当性の抗弁を立証できない限り名誉毀損行為として損害賠償の対象なります。
また、これが単なる特定の個人に対する誹謗中傷等の域を超え、それによりマンションの正常な管理または使用が阻害される場合には、区分所有法6条1項の「区分所有者の共同の利益に反する行為」に当たるとみる余地があると解されています(最高裁H24.1.17)。
ビラの配布には細心の注意を払う必要があります。
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