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マンション関連判決例紹介/訴訟追行中に一部区分所有権が譲渡 理事長は原告適格を欠く?

 【当事者】
 原告…本件マンション管理組合の管理者(理事長A)
 被告… 本件マンションを分譲したB社および販売代理をしたC社

【事案の概要】
 本件マンションは平成22年に販売が開始され、平成24年までに全ての区分所有権(84戸)の販売が完了した。
 本件管理組合は、共用部分である外壁に生じたタイル等の浮き、はく落、欠損及びひび割れ等の瑕疵が存在するとして、平成25年、臨時総会を開催し、補修および損害賠償等を求める訴訟を提起し、Aに訴訟追行権を授権する旨の決議を行った。
 ところが、本訴訟が係属してから口頭弁論が終結するまでに、本件マンションの9戸の区分所有権が転売され、このうち2名が分譲契約から生ずる一切の請求権(前主の瑕疵担保請求権等)を譲受人に譲渡しなかったので、同決議の効力が問題とされた。

【裁判所の判断】
・ 本件マンションの一部の区分所有権の転売により区分所有者ではなくなった前区分所有者について(前区分所有者が口頭弁論終結時において本件マンションの区分所有者でない以上)、Aは前区分所有者を代理することはできない。
・ 共用部分等に係る請求権は各買主に個別的に発生し帰属するから、転得者である区分所有者の一部が同請求権を譲り受けていないという本件の事情の下では、同請求権は現在の区分所有者全員に帰属していない(2名の区分所有者が同請求権を保有していない)。
・ 以上により、Aは区分所有者全員を前提とする区分所有法26条4項の授権決議を受けていないことになるから、Aが区分所有者全員を代理することはできず、原告適格を欠く。よって訴えを却下する。

【コメント】

1 本裁判例によって示された問題点
 共用部分等に係る請求権が生じた場合でも、管理者が授権を受けて訴訟手続が終了するまでに一定の期間を要することも多く、その間に一部の区分所有権が譲渡され、その結果、一部の区分所有者が共用部分等に係る請求権を保有していないことになることもあり得ます。
 本裁判例は、このような場合に、管理者の訴訟追行権が認められないとして門前払いの判断を示したものです。
 しかし、本裁判例の理解を前提とすると、共用部分等に係る請求権が生じた後に、一部の区分所有権が転売されるなどして、現在の区分所有者の一部が当該請求権を保有していないことになった場合、管理者は、事実上、区分所有法26条4項に基づいて訴訟を追行することができず、他の区分所有者も個別に訴えを提起しなければならないことになります。

2 区分所有法制の見直しの動き
 高経年区分所有建物の増加と区分所有者の高齢化を背景に、区分所有建物の所有者不明化や区分所有者の非居住化が進行している現状において、政府は、区分所有建物の管理・再生の円滑化に向けた区分所有法制の見直しが喫緊の課題であると受け止めており、令和5年6月、「区分所有法制の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」)が取りまとめられ、次期(令和6年)通常国会での法案提出が見込まれています。
 本裁判例により示された問題点についても、以下のように改正がなされようとしています。

3 共用部分等に係る請求権の行使の円滑化
 現行法では、共用部分等に係る請求権が生じた後に、一部の区分所有権が譲渡されて、現在の区分所有者の一部が当該請求権を保有しないことになった場合などで、前区分所有者の有する共用部分等に係る請求権の代理権や訴訟追行権を消滅させる規律が不明確です。
 そこで、中間試案においては、管理者は、共用部分等に係る請求権を有する者が区分所有権の譲渡により区分所有者でなくなった場合であっても、原則として、前区分所有者を含めて共用部分等に係る請求権を有する者を代理してその請求権を行使し、また、訴訟担当として訴訟を追行することができる旨が定められています。
 かかる改正によって、本裁判例のようなケースで、一部の区分所有権が転売されるようなことがあったとしても、裁判所による門前払いの判断は避けられると考えられます。
 なお、中間試案の内容はいまだ流動的なものですから、今後の動向に十分にご留意ください。

大規模修繕工事新聞9月号(23-9)

東妻陽一(あづま・よういち)弁護士
2009年(平成21年)弁護士登録。親和法律事
務所所属。第一東京弁護士会常議員、日本弁護士連合会代議員など歴任。共著に㈱日本法令発行『標準実用契約書式全書』3訂版、4
訂版(寺本吉男・三浦繁樹編)など。

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