
【事件の概要】
長年、会計担当を務めた理事がマンションの預金口座から着服横領を行ったため、管理組合法人が当時の理事長、会計監査役員、副理事長に対して、善管注意義務違反を主張し、損害賠償を請求した事件。
【当事者】
◆管理組合法人X
・昭和46(1971)年竣工・39戸。
・昭和51(1976)年ころ、区分所有者全員によって自治会(区分所有法3条の区分所有者の団体)を結成、自主管理を行う。
・平成20(2008)年、管理組合法人を設立。自治会の権利義務を継承する。
◆横領した人物A(訴外)
Aは、平成6年から19年まで自治会の会計担当理事を務め、マンション自治会名義の預金口座の通帳・印鑑・キャッシュカードを管理。会計業務の一切に加え、出入金も1人で行っていた。
平成10年から、約1億1,530万円を着服・横領する一方、計約7,792万円を返還するなど、着服と横領を繰り返していたが、平成21年に逮捕。懲役3年の実刑判決を受け、刑期を終えて出所した。
◆当時の理事長Y1、会計監査役員Y2、副理事長Y3
・Y1は平成7年から平成19年11月まで自治会の理事長を務めた。
・Y2は平成7年から平成19年11月まで自治会の会計監査役員を務めた。
・Y3は平成6年から平成19年6月まで自治会の副理事長を務めた。
※自治会からは役員謝礼として、理事長6万円/年、副理事長5万円/年、会計担当理事6万円/年、会計監査役員5,000円/年が支払われていた。
【事件の経緯】
・Aは毎年、会計監査役員Y2に収支決算報告書、偽造した残高証明書を提示していた。
・収支決算報告書は、毎年の定期総会で承認を得ていた。
・横領で逮捕され、懲役3年の実刑判決を受けたAが出所したので、管理組合法人Xは平成23年9月、Aに対して不法行為に基づく損害賠償を訴えたところ、裁判所は領得残元本額約5,500万円プラス遅延損害金の支払いを命ずる判決を下した。
・Aには資産も返済能力もなかったため、管理組合法人XはY1~Y3に対して平成25年3月、各役員の職務執行上の善管注意義務違反を理由に、その支払いを求めて民事調停を申し立てたが不調に終わったため、本件が提起された。
※「領得(りょうとく)」=自己または第三者のものにする目的で、他人の財産を取得すること<大辞林第三版より>
【裁判所の判断】
・管理組合法人Xの主張による着服横領の損害を認める。
・Y1は収支決算報告の最終的責任者であり、会計業務の具体的内容について十分な確認をしなかった善管注意義務違反が認められる。
・Y2は会計監査役員として会計業務が適正に行われていることを確認しなかった善管注意義務違反が認められる。
・Y3はAの犯行を予見して何らかの措置を講ずべきであったとは言えないので、善管注意義務違反を否定する。
・Y1らは、非専従であり、多額とは言えない謝礼のみであった。
【結論】
・Y1、Y2に対し、連帯して(元本約5,500万円から9割減額した)約464万円プラス遅延損害金について、管理組合法人Xの主張には理由がある。
・区分所有者の管理組合運営への関心が高くなく、役員任せだったことから、過失相殺としてY1、Y2の責任を9割減ずることが相当であり、Y3に対する請求は棄却する。
【考察】(判例時報2274号より抜粋)
従来、マンション管理の実務において不正な会計、支出が問題になることがあり、実際に横領等の不正行為を行った理事等の責任が問われる事例が見られたが、本件は着服横領した理事の監督者の責任が問われた興味深い事件であるというところに特徴がある。
本判決は理事長等の善管注意義務違反を肯定し、副理事長の注意義務違反を否定。会計の監督者の法的な責任を認めたものであり、マンション管理の実務に与える影響は少なくないと予想される。
【コメント】
現在、理事会を廃止し、管理会社が管理者となる第三者管理者方式(管理業者管理者方式)を進める管理会社が増加しています。
区分所有者の無関心、役員のなり手不足がマンション管理水準の低下の招くのなら、管理会社がすべて決めて、実行すればよいのではないかということです。
国土交通省も、マンションの老朽化の先にあるスラム化を防げるのならばと、管理業者管理者方式を容認する構えで、新たな契約様式「標準管理者事務委託契約書」の検討をはじめ、この11月にも発表する予定です。
この「標準管理者事務委託契約書」において、一定の要件を満たせば印鑑等も管理会社が保管できるような規定となっています。
本件の事例と照合してみると、理事会(理事長、会計担当理事)はなくなり、全部管理会社となるわけですから、監事の役割はたいへん重要なものになります。
管理会社が管理者として決定権を持ち、業務執行も行い、出入金も自由にできるわけですから、チェック機能がままならなければ、利益相反行為はやり放題で、管理組合の財産は溶けてなくなってしまうでしょう。
本件は監督者の善管注意義務違反が問われ、賠償命令も下されました。そのことの意味を十分に理解してほしいと思います。
大規模修繕工事新聞 2025-11月 191号





